長崎・南島原の最南端に位置する口之津は、16世紀に南蛮貿易とキリスト教布教の拠点として繁栄した港町です。ポルトガル船が入港し、イエズス会の宣教師たちがこの地を訪れ、教会や神学校を建て、日本と西洋の文化が深く交わる場となりました。
1582年には、天正遣欧少年使節がこの港からローマへと旅立ち、日本とヨーロッパの精神的な交流が始まります。その後もヴァリニャーノ巡察師による宣教活動やセミナリヨ・コレジヨの設立など、キリシタン文化が根を下ろしていきました。
しかし17世紀、幕府の禁教政策が強化されると、信仰を守ろうとする人々が蜂起。島原の乱では原城を中心に壮絶な戦いが繰り広げられ、数万人の民が命を落としました。この乱の記憶と、それでも信仰を守り抜こうとした人々の足跡は、現在「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」のひとつとして、原城跡が世界文化遺産に登録されています。
乱の終息後、口之津には仏教が再び根付き、寺院が建立されて人々の心のよりどころとなります。特に禅寺「玉峰寺」は、乱の混乱を経て建てられた象徴的な存在。静けさの中に祈りを宿すこの場所は、今も宿泊者をそっと包み込んでくれます。
口之津は、華やかな歴史と悲しみの記憶、そして静かな再生が折り重なる、精神の奥行きを感じられる土地です。
About the Inn
宿について
歴史と祈りの土地
南蛮文化と仏教文化が交差した、祈りと再生の港町・口之津
百年の古民家で過ごす1日1組限定
材木商・植木又蔵が建てた、銘木づかいの明治建築を貸切で
この宿がある古民家は、明治の終わりに材木商として財をなし、口之津鉄道の社長でもあった植木又蔵が建てたもの。事業の発展に伴い、最高級の木材を全国から取り寄せ、贅を尽くしてこの邸宅を築きました。
柱や梁には樹齢数百年とされる銘木が使われ、天井や建具には熟練の職人技が光ります。 時を経てもなお凛とした佇まいを保ち、木の香りと静けさが深い安心感をもたらしてくれる空間です。
そんな空間を、1日1組限定で貸し切りに。誰にも気を遣うことなく、自分自身と丁寧に向き合える贅沢な時間がここにはあります。
禅寺のそばで、心をととのえるひととき
宿のすぐそばには、長年地域に根ざした歴史ある禅寺・玉峰寺があります。ご希望の方は、チェックイン後の坐禅体験にもご参加いただけます。
呼吸を調え、今に心を置くことで、日常のノイズが静まり、思考がととのっていく。
この土地で長く祈りを支えてきた禅の場だからこそ生まれる深い静けさがあります。
坐禅を行う玉峰寺は、島原の乱の混乱後、民の心を鎮めるために建てられた禅寺です。
かつてこの地に草庵を結んでいた僧・松岩良栄が再び現れ、祈りを求める人々に迎えられて復興を始め、やがて代官の支援を得てお堂が築かれました。その後も藩主による寄進が続き、玉峰寺は再生の象徴として静かに時を重ねてきました。
この地に根ざした“祈りの歴史”を背景にした坐禅体験は、単なるマインドフルネスを超え、土地の記憶と深く響き合う、心の再生の時間となることでしょう。
発酵と旬やさいのごはんで、腸をととのえる
食べることは、ととのえること。
この宿で提供するごはんは、自家製または発酵調味料と、その時季にいちばんおいしいやさいや山菜など地場の食材を組み合わせた“腸にやさしい養生ごはん”です。
全国の農家と向き合い、野菜の「旬」と「個性」を見極めてきた元野菜バイヤーとしての経験。
そして、カリフォルニアでのベジタリアンコックとしての経験や日本での料理経験を通じて、素材を無理なく活かすという知恵を積み重ねてきました。
なかでも、精進料理の「自然に寄り添う在り方」や「引き算の美しさ」から得た学びが、ここでの料理にも静かに息づいています。
食材はすべて、いのちある恵み。
地元・島原の野菜や山菜に限らず、地場で獲れる魚や山のジビエ(猪など)を中心に、季節に応じて信頼する農家や全国の作り手から届く素材も取り入れながら、
無理なく体にやさしい献立を、その都度丁寧に組み立てています。
腸がととのえば、からだと心もととのう。
そんな実感を一皿一皿で感じられるように──
調味料から仕込み、湯気とともに立ちのぼる季節の香りを五感で味わう。
この宿のごはんは、「食べるリトリート」とも呼べる時間をお届けします。
一服のお茶で、心を澄ませる
茶を点て、茶をいただく。
その静かな所作の一つひとつに、心を澄ませる力があります。
当宿では、ご到着のお客様を「一服のお抹茶」でお迎えいたします。
目の前でお点前をしながら、一期一会のおもてなしの心を込めて。
その瞬間から、リトリートの時間が始まります。
茶道は、禅の精神と深く結びつき、一期一会のひとときを大切にする文化。
ただ茶の香りに包まれ、湯の音に耳を傾けるだけで、
忙しい日常から離れ、自分の内側に静けさを取り戻していく。
禅の学びを、お茶というかたちで。
そのひとときが、心の深いリトリートとなることでしょう。
どうぞ、お茶のこころに触れるひとときをお愉しみください。
自然の音と光に包まれ、五感を取り戻す
海、風、鳥の声。
ただそれだけの世界に身を置くと、感覚がするすると研ぎ澄まされていく。
朝はやわらかな光で自然に目が覚め、夜は虫の音と月明かりに包まれて眠る。
電気や情報に囲まれた日常から離れ、自然のリズムに心身をゆだねることで、心の奥に静けさが満ちてくる。
この宿にはテレビがなく、Wi-Fi以外のデジタル機器も最低限。
あえて「何もしない」時間を過ごすことで、
スケジュールもタスクも、誰かの期待も脇に置いて、
ただ「今ここにいる自分」に還っていく。
忙しさの中で見失いかけていた本音や願いが、
静けさの中で、ふっと浮かび上がってくるかもしれません。
何かを得る旅ではなく、何かを手放す旅。
この場所で過ごすひとときが、そんな“原点回帰”の時間になりますように。
